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2005年04月27日

ワークショップのいろは

ワークショップは、仕掛け方次第で成果が変わる。
「参加者の声を吸い上げようとする場=ワークショップ」
という定義だけで、場を持つことは、単なる主催者の自己満足だ。

施設設計製図AI+DI-WS
今回仕掛けたワークショップは、設計課題で扱うエリアの分析。
 (1)2人組を作り、まずは3分、1人がエリアの印象を語り、もう一方はひたすらメモを取る。
  終わったら、語り役と記録役を交代して、また3分。
 (2)7〜8人のグループを作り、メモした内容を1分ずつ報告。
 (3)報告された内容をもとに、グループでディスカッション。
 (4)グループで議論した内容を、全体に発表。

ステップ(1)は、自分の意見を「話す」ことを目指している。
いきなりのディスカッションでは、
誰かの意見に賛成したり反対したりすることが最初から行われてしまうが、
この方法で「話す」ことで、純粋な意見を残すことができる。
何よりも、遅くとも開始3分後には、参加者全員が一言以上話していることになる。
これは、ディスカッションではなし得ない。

ステップ(2)は、周りの意見を「理解」して「伝える」ことを目指している。
3分で話してもらった相手の言葉は、メモとして残っている。
そのメモをもとに、1分で他人の意見をグループに「伝える」ことが求められる。
これは、「理解」そのものである。

ステップ(3)は、(1)(2)を経たからこそ成立する。
自分の意見を話したり、人の意見に耳を傾けたりしたことにより、
ウォーミングアップができている状態だ。
下手なワークショップは、「自分の意見を主張する」誰かによって壊されてしまう。
正確に言うと、設計されていないワークショップは、
全員に“均等に”意見を話させ、耳を傾けさせる仕掛けがない。
ステップ(1)(2)により、一定の機会が与えられ、
ワークショップに立ち向かうための身体づくりが終わり、
ようやくそこで、モノを創造的に思考する場となる。

ステップ(4)で質疑応答が盛んになるのも、こういった段取りが支えている。

ワークショップは、設計者とファシリテータの能力に左右される仕掛けであり、
安易なワークショップは何ももたらさない場合が多い理由はここにある。

ちなみに、本日の授業では、ファシリテータがほとんど手を差し伸べずとも成り立った。
これは、参加者が空間デザイナーの卵であり、その自覚があるからである。

投稿者 こち : 2005年04月27日 23:59

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