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2006年01月14日

裸参りという守られるべき文化

穏やかな日中だった。
スタジオ北側の道路に冷たく張った氷も1ヶ月ぶりに溶け、
前の日までの裸参りの不安は吹き飛ばされていた。
どんと祭の1日の始まり。

14時53分、集合場所の八幡小学校体育館には7分早く着いたつもりだが、
たくさんの装備を運び込んだコアメンバーの手により、準備は始まっていた。
教えを請いながら、腰のしめ縄に3枚の御幣を取り付ける作業、
弓張提灯にロウソクを入れ、雨を想定してビニル袋をかける作業、
さらしをロール状に巻き直す作業、…。
報道陣も集まり始め、ミーティングが終わり、装束の合わせを行い、
酒を奉納する本来の裸参りのやり方に倣い、みそぎの水浴び(全裸)。
この頃には、すでに体育館の屋根を叩くほどの雨が降り出していた。

18時、仙臺伝統裸参り保存会がついに出発。
天賞の裸参りが絶え、その次の時代が動き始めた。

正直なところ、みそぎの水は冷たかったが、体は十分に拭いており、
体育館を出るまでは寒さの1つも感じなかった。
しかし体育館の軒下に吹き込む雨は冷たい。

さらしに白パンツ、しめ縄、はちまきを締め、白足袋に草履。
法被の先導に続き、2基の高張提灯、一番鉦(すず)、裃を着た2人、
二番鉦、祈願板、梵天、幣束、三番鉦、魚、野菜、餅、
その後に右手に鉦、左手に弓張提灯を持った裸参りが続く。
裸参りの鉦の鳴らし方は、とても整然としている。

天賞前。
一番鉦の合図で、全員が1回だけ鉦を鳴らした。
長年の天賞による裸参りの歴史の中でも、
酒造りに携わっている人たちの参加は年々減っていたそうだ。
しかし、1回だけ鳴らした鉦の音に、冷たい雨を忘れさせる何かを感じた。

報道によると3100人の裸参りの参加があったという。
その中で、唯一、48号線の大通りのセンターラインを歩くのが、我々の隊列。
我々の周りには写真を撮る人だかりがあり、
「かっこいい!」との声が無数に飛び交っているのがわかる。
何度も含み紙を交換してくれる法被を着た付き人の女の子が
びしょ濡れになっているのもわかる。
しかし、10数人前の四番鉦だけが自分の鉦の頼りであり、
雨の冷たさはやはり、どこか自分とは関係のない世界の出来事だった。

寒さに震え歩道を走り去る大学生たちの裸参り、
きゃっきゃと騒ぎながら帰る企業の裸参り、
今までそれが裸参りだと思っていたが、そうではないということは明らかだ。

大崎八幡宮の鳥居をくぐり、本殿へ。
本殿の軒からは、糸のように雨が落ちる。

祈祷を終え(裸参りは昇殿できない)、御神火のそばへ。
御神火に、腰のしめ縄を投じ、3周。
側道の坂道から大崎八幡宮を離れ、再び48号線。
規則正しく鉦を振る右腕はがくがくになり、提灯を持つ左手も凍えて言うことを利かない。
焼けるように熱かった御神火を離れたせいか、風の冷たさに震える。

天賞に鉦。

そして八幡小学校へ。

天賞と一般市民が裸参りをやっていた2年前までは、
すべて天賞におんぶに抱っこだったそうだ。
今回、提灯などいくつかの装備は天賞から借り受けた。
しかし、祈願板などは手作りだし、自分たちの手で文化を伝えることが動き始めた。

来年は、天賞の杜氏たちとともに裸参りをするのかもしれない。
もしかしたら酒造りの文化の一部を我々が伝えることになるのかもしれない。
伝えるべき大きなものを、また仙台に見つけた。

投稿者 こち : 2006年01月14日 23:59

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コメント

…(苦笑)

投稿者 こち : 2006年01月19日 00:12

お疲れ様でした。
弟が月曜の放送で観たらしく
コチを見つけてはしゃいでいたそーな。

投稿者 kuni : 2006年01月19日 00:04