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2006年04月15日

時として想像を超えるまちづくりが生まれる〜東六小の桜と音楽を愛でる会

東六小の桜と音楽を愛でる会
2年度に渡って、仙台市からの派遣アドバイザとして支援した
「東六地区個性ある地域づくり計画策定事業」。
当初イメージでは、4月以降に、策定委員会の後継組織が立上がることを想定していたが、
計画策定段階から異様な盛り上がりを見せた住民メンバーたち。
その結果、計画書完成からわずか2週間後に、こんなにすごいおまつりを!

東六小の桜と音楽を愛でる会
東六番丁小学校の校庭には、樹齢380余年のエドヒガンザクラがある。
開校以来、130年以上の間、子供たちに親しまれ続けた桜。
この街で育った人たちにとっては、土井晩翠作詞の校歌にも歌われる街のシンボルだ。
しかし、それは門の中。
この時代に、小学校の敷地に入るほど、敷居の高いものはない。

「東六小の桜と音楽を愛でる会」は、
学校を開放しようとか、いや閉鎖しようとか、
そんなちっぽけな想いから始まったものではない。
この学校の伝統でもあるスクールバンド、五城中、私立・常盤木学園高校をはじめ、
地域出身のプロのミュージシャンもいることに、住民たちが気付いた瞬間、
不意に生まれた構想だった。
そして、それに気付いてからわずか2ヶ月。
老若男女が校庭に集い、Jazzyな音楽にステップを踏み、懐メロを口ずさみ、同じ時を過ごす。
シンプルながらも、「まちづくり」というものが一番必要としている時間を
いとも簡単に作ってしまった。
この地域はすごい!としか言いようがない。

「先生のおかげで…」と口々に言われるが、
僕がサポートしたのは、ほんの一部分で、
もはや僕が想像できないものを生み出してしまうのだから、
これはもう、「まちづくり屋」冥利に尽きる。

日本に、世界に誇れる街が、歩き出した。仙台・東六地区。

→参考:河北新報2006年4月16日/朝日新聞宮城県版2006年4月16日 他

投稿者 こち : 2006年04月15日 23:59

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コメント

千葉さん、書き込みありがとうございます!
2年度に渡ってお付き合いさせていただき、
私がお手伝いしたというよりは、
今までの何十年〜何百年の歴史が花を付けたという印象です。
ここまでの取組みで見えてきた貴重な人材と、
まだ私たちの目に見えていない人材が、
また多くの花を咲かせていくのでしょう。
またお手伝いできることがあれば、お声掛けください!
うずうずしている学生たちもいますよ!

投稿者 こち : 2006年05月13日 18:05

小池沢さん
素敵なブログですね。
それに、とりあげていただいたイヴェント、本当に感謝です。
東六小の桜を愛でながら音楽を聴く会は我々が、先生や街課の方々の心強いサポートを得て地域の住民がこぞって続けてきた街づくりの勉強をしてゆく中で生まれでた企画であり、これまでの全ての経緯が無ければ無かった企画です。地域の財産である東六小の桜と、これも地域の財産である人財を、音楽を通して結びつけ、活用してゆこうとする手作りのイベントの企画でした。それもあっという間の。鉄は熱いうちに打たなきゃ・・・すぐさま冷めてしまいますから。

当日は本当に寒くて、雨も心配でした。
また、直前の寒波の影響もあり桜の開花も遅くなり、お天気と寒さと、桜が開花するかが本当に心配でしたが、
多くの方々の熱意と情熱が桜を咲かせ、お天気も何とか持ちました。
寒い中でも、沢山の地域の住民や、子供達、沢山の団体のご協力で入場者数700名を越す方がいらっしゃいました。前後には、新聞などでの沢山の報道により知っていただいた方が、遠くから訪ねてこられたり、OG、OBが桜を愛でる、と言うう口実で数十年ぶりの同級会・同窓会を開いたりで、多くの方がたずねてこられて、桜をまじかに見る光景が、数多く見られました。
学校が、開かれた、地域の財産であると言う認識が崩れてゆく世情の中、このようなイヴェントを通して、本来の学校の姿がよみがえり、安全安心の街、住みやすく訪れたい街になって行く事に、少しでも・・一助になればと考えております。
継続して行ければ、これもまた力になります。
また先生を始とした沢山のかたがたを巻き込めればこれもまた幸いです。
今まで培った街づくりという手法や事を起こす気概と情熱を、地域で生かすことが出来れば、我々がして行こうとすることへの意義もまた地域に理解されてゆく事に繋がるのかもしれません。
そして、この事業を通して学んだ事は、本当の意味の地域の財産と言うものは、(我々に!私に!任せておきなさい!)と言って率先してお手伝いをしてくれたり、勿論、無言で黙々と地道な隠れた作業をしてくれる方々が如何に多い事を知らされたこと。
そしてその一人ひとり。
地域の隠れた財産とは・・・人でした。

始まったばかりの小さな行動が、多岐に渡り波及して行き、街の将来に向け大きなうねりとなり、沢山の人を巻き込みながら 自分達の街は自分達で創って行こうと、皆が思えて、実行に移すことの出来る街。
そんな街になって行ける一助となれば本当に幸せです。
またこの街づくりの企画で出会えた沢山の方に感謝です。

お取り上げしていただきました御礼かたがた、思いをつづらせていただきました。
ではでは・・・・

投稿者 千葉富士男 : 2006年05月10日 00:50