2008年02月03日
ネセサリー
The World of GOLDEN EGGSにハマりそうです。
アニメのくせに、釣り笑いを仕掛けるとは。
シュールさだけが先行してウケてますが、脚本が素晴らしい。
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2008年01月28日
egbridge、終焉
なんだか、Macの過去がすべてなくなってしまうような出来事だ。
最後の最後まで、カッコいい縦書き。
→エルゴソフト egword、egbridge パッケージソフト事業終了のお知らせ
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2008年01月14日
仙台伝統裸参り保存会、今年も無事、祈願終了

3年目の裸参り。今年も無事、祈願を終える。
祈願版に書かれた文字は「和気呈祥」。
家庭も社会も穏やかにあれ、という意味。
気温は3回の中で一番寒かった。
どんと祭に足を運んだ方々は、コートを着ていてもつらさを感じるくらい、寒かったのでは。
仙台伝統裸参り保存会では、出発前に清めの水を浴びているし、
事前の体調管理(水分の摂り方など)もそれぞれがしっかり行っているので、
雨や風のない限りは、それほど寒さを感じずに済む。
が、右手は2時間鳴らし続けた鉦(すず)、左手は弓張提灯から金属の冷たさが伝わり、
感覚がなくなってしまうものだ。
来年も出たいなぁ。平日だなぁ。
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2008年01月09日
今年も裸参りに参加します
仙臺伝統裸参り保存会の一員として、今年も裸参りに参加します。
今年は18時30分に八幡小学校を出発。
18時40分頃には国道48号線で姿を見ることができると思います。
その後、旧天賞酒造前で一礼、19時頃、大崎八幡宮の鳥居を通過の予定です。
本殿での祈願を終えて、御神火を周回するのは19時30分頃、
19時55分頃に旧天賞酒造前を通過し、20時過ぎにゴールします。
見所は、祈願前の隊列。
装束や供物はすべて伝統様式に則っています。
今のところ、当日の夜はマイナス5度まで冷え込む予報が出ていますが、
おそらく一昨年の大雨よりはコンディションは良さそうです。
温かい格好で見にいらしてください。
なお、隊列の中にいる人に話し掛ける行為や、隊列を横切る行為はご遠慮ください。

(2007年の出発前の集合写真)
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2008年01月04日
スイーツ(笑)
こんな言葉ができた2007年。
どんな果物にでもお菓子にでも、気取って「スイーツ」という冠を
付けてしまう人々を揶揄する意味から転じて、
あらゆる分野で“リテラシーのなさ”や“内容の浅さ”をこのように揶揄する。
そういう意味では、「まちづくり」なんて、
とっくの昔に「まちづくり(笑)」になりかけていることには、
みんな薄々気が付いている。
しかし、生活そのものを扱っている世界であるからこそ、
「(笑)」なんて、言おうとする人はあまりいなかった。
そんなことは言わずに、別の造語に逃げるという手も多数見られた。
「スイーツ」と「スイーツ(笑)」の境目がどこにあるかは、主観によるところだろう。
同じように「まちづくり(笑)」も、
躍らされてしまった人や善し悪しを判断する力を身に付けていない人にとっては
なぜ「(笑)」なのかわからないことも多分にあるのだと思う。
「まちづくりリテラシーの向上」が必要であるということは、
1999年のアーバンネット立上げ以来、言い続けてきたつもりである。
それは決して「市民参加の実現」といった安い政策目標ではないし、
誰しもをプア・リテラシーなワークショップに巻き込むことでもない。
こういう誤認に専門家が気が付かないことが「(笑)」を生む
原動力になってしまっているのではないか。
「まちづくり」=「まちづくり(笑)」の構図ができる前に、動かねば。
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2007年12月13日
裸参りに向け
1ヶ月後のどんと祭での裸参りに向け、
今期も仙臺伝統裸参り保存会が始動。
打合せにより、役回りも決まり、当日に向けた準備が動き出す。
裸参りはD論提出4日前?
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月26日
広瀬川中流域の活用
今朝の河北新報によると、
「広瀬川ワークショップ—澱地区の利活用を考えよう」の初会合が開かれたそうだ。
流域を管理する県仙台土木事務所と、水辺のスペシャリスト・NPO法人水環境ネット東北の共催。
対象となっているのは牛越橋から澱橋までの左岸1.3km。
遊水地なので、大分草木が生い茂っている。
かねてからこのエリアを活用できないか、との意見は多方面から聞かれていたが、
現実的なプランに向けて動き出した、というところ。
僕にとっての広瀬川は、牛越橋〜大橋辺りまでの中流域の風景なので、行く末が楽しみだし、
何よりも“つのスタ”から徒歩30秒の場所でもあるので、協力できることを探してみたい。
→広瀬川活用を市民と探る 仙台・牛越橋—澱橋間の青写真作り(2007年9月26日/河北新報朝刊)
投稿者 こち : 11:27 | コメント (0) | トラックバック
2007年07月24日
7月中旬、川/FILTER

隈研吾設計、川/FILTER(乙字亭)へ。
阿武隈川上流、川沿いの蕎麦屋。
さすがに竣工から10年を超すと、木のルーバーの傷みが気になる。
エントランスの塩ビ波板の屋根は、場違い感たっぷり。
木を削ってボルトで締めるやり方も、強引。
第1印象としては、最悪の建築である。
エントランスレベルのフロアでは器が売っており、
階段を下がって川沿いのフロアへ。
座席のバリエーション、開放的な厨房、何よりも最高のロケーションが
さっきまでの粗雑な印象を吹き飛ばしてくれた。
いくつかの座席のバリエーションの中から、川に面した桟敷を選び、蕎麦を。
例えば、この桟敷で「昼寝券」が1000円で売っていたら、買いたい。
このぜいたくなロケーションを体感するためにも、須賀川まで羽を伸ばす価値はある。
…ちなみに、内観の撮影は禁止。
かつては許可していたそうだが、建築小僧のマナーの悪さにクレームが多発したそうだ。
建築家作品の宿命か?
「入館料を取る施設なら、撮影の制限は簡単なんですけどねぇ」と、店主らしき人物談。
投稿者 こち : 02:12 | コメント (0) | トラックバック
2007年06月13日
市街地の活性化と岩手競馬の挑戦
6月9日、盛岡市大通り一丁目に岩手競馬の場外馬券販売所がオープンした。
大通一丁目と言えば、盛岡の商業都心。
仙台の一番町みたいなものだ。
そこに“場外”が乗り込んでくるなんて、都市によっては風紀上の懸念から猛反発に遭うだろう。
ところが、盛岡ではこれが市街地活性化の妙手になりそうだ。
岩手競馬は、この春の県議会において、廃止に向けた議案が出され、
存続を望む議員が提出した修正案が1票差で通った経緯がある。
裏を返せば、今シーズンの失敗があれば、ラストイヤーとなってしまう。
岩手競馬は大きな債務を抱えながらも、長年、地元から愛されてきたエンターテイメントであり、
JRAにも多くの名馬を送り込んでいるがゆえ、全国的にもファンが多い。
この春の「存続決定」は、地元からも全国からも喜びの声が挙がっていた。
そして、ラストイヤーになるかもしれない新たな挑戦として、中心市街地とのタッグが生まれた。
6月中旬からは、JRAのレースの販売もあるとのこと。
盛岡の中心市街地が、どんな毛色になるか?
投稿者 こち : 11:47 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月17日
来仙
いや、何も仙台には来ていません。
この「来仙」という言葉、何気なく使っていますし、
他の都市でも「来札」「来福」「来名」といった具合に、都市名の頭文字を使って、
何かが「来」たことを表しています。
が、「来崎」(らいさき)ってのがあるんですね、長崎。
大阪の「来阪」、金沢の「来沢」(らいたく)ってのもあるようです。
「らいたく」と言うと、「来宅」と混同しそうですが…。
和歌山では「来紀」のようです。
こういう表現がない地域って、どうしているんでしょう。
あなたの地域は?
投稿者 こち : 00:11 | コメント (0) | トラックバック
2007年05月10日
市電の枕木
河北新報夕刊(2007年5月10日付)で、仙台市電の枕木が発掘されたことが報じられた。
→市電枕木500本ザックザク 仙台の市道地中
ちょうど4月末にこの発掘作業の脇を通り掛かり、「おぉ、枕木か」と容易に気付いたが、
新聞を見ると「まだ残っていたのか」という反応が多いようだ。
仙台市電が廃線になったのは昭和51年なので、その姿をみたことはない
(母に言わせると、まだ1歳にならない僕を乗せているそうだ)。
しかし比較的最近まで市電のレールはどこでも見ることができた。
ちょうど今回報道された花京院の辺りも道路上にレールがむき出しになって見えていた場所だし、
西公園から大学病院の辺りも最近までレールが顔を出していた。
なので、そこに枕木なども一緒に舗装・埋設されたのだろうということは当然想像が付くことだった。
だが、レールをレールとしてではなく、道路構造の一部として見ていた人も多いかもしれない
(ちょうど、共同溝工事の開削した時の鉄蓋の枠に似ている)。
そういえば子供の頃に、アスファルトを削れば、まだ電車が走れるのかな〜
なんて考えていたことを思い出した。
投稿者 こち : 22:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月04日
サクラサク

近所の桜のつぼみがほころび始めた。
昨年の夏、近所の子供たちによる「木を切らないで」の幕が出ていた場所。
「木を切らないで」の結果かどうかわからないが、
マンション建設現場の片隅で、桜が春を迎えた。
こういう現場を見ると、職業柄、「木を切られなくてよかったね」との思いよりも先に、
「木が切られなかったら、一緒に育てていこうね」と言えた大人が
何人いたのだろうかと、そればかりが不安になる。
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2007年03月10日
Wataridori
何回見ても、見入ってしまう。
コーネリアスの『Wataridori』、GROOVISIONS制作。
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2007年01月30日
W-ZERO3[es]でのプレゼンテーションに挑戦
W-ZERO3[es]を使って、PowerPointによるプレゼンテーションに挑戦。
出力には、miniSDスロットを活用したIMSV-841(IBSJapan製)を使用。
実際にやってみて、いくつかの欠点を発見。
1つに、miniSDのスロットからケーブルが脱落しやすい点。
驚くほど甘いので、今回のプレゼンでも気付かぬうちにケーブルが緩んでおり、
結局、ペーパーによるプレゼンをしながら[es]を再起動するハメに
(報告を聞いていてくださった皆様、お騒がせしました)。
もう1つは、万が一プレゼン中に着信があれば、それが画面に大写しになる点。
これってどうやって対処すれば良いのだろう
(SIMカード抜きっぱなしとか?それで動くの?)。
ただこれら欠点を差し引いても、今まで重くてかさばるノートパソコンを持ち運んでいたことを考えると、
相当身軽になったことは間違いない。
今日は念のため延長コードも持ち歩いたが、
プロジェクタがある場所ならブリーフケース1つでプレゼンに行ける。
これならば、プロジェクタを持ち歩いて苦にならないかも。
投稿者 こち : 20:18 | コメント (0) | トラックバック
2007年01月28日
またもやHDD換装
もはや手慣れたもんで、4度目のiBookのHDD換装。
2005年10月の換装以来、毎日酷使し、各地でのプレゼンに連れ歩き、
海外にも連れていってあげたので、まぁHDD的には寿命だろう。
今回はクラッシュの兆候が1ヶ月前からあったので、バックアップもあり、
換装から元の環境までの復旧もかなり早く済んだ。
Macと言えば、東芝製のHDD、というイメージがあったので、
これまでも東芝製に積み直していたが、今回初めて日立製HDDを導入。
今のところ、発熱もかなり少なく、いい調子。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2007年01月25日
エキサイトトラック
任天堂Wiiのゲーム「エキサイト トラック」のCMを見て、カルチャーショックを感じた。
CM映像をYouTubeで探し出せなかったので、公式サイトの操作方法ムービーを見てほしいが、
オフロードを爆走するトラックをドライブするために、
荒れたオフロードに合わせてコントローラをぐねぐね動かすというもの。
一見、ファミコン初期の頃のゲームが下手なお父さんみたいな感じ。
もしかしたらCMの狙いもそこにあるのかもしれないが、
入力装置がここまで人間に近付いてしまうと、
複数のボタンを駆使して「コンボ」を出していた頃の
たった数個のボタンでこんな技が出ちゃうの?みたいな醍醐味とは別世界のものになってしまう。
バンゲリングベイでIIコントローラに向かって、必死に「ハドソン!」って叫んでいる程度ならかわいいのに。
投稿者 こち : 00:43 | コメント (0) | トラックバック
2007年01月14日
仙臺伝統裸参り保存会〜丁亥

今年も南部杜氏の様式を受け継いだ仙臺伝統裸参り保存会に参加。
昨年の冷たい雨よりは数倍マシだが、裸に水を浴びてのみそぎ、
小学校の体育館の床の冷たさ、隙間から強く吹き込む冬の風はこたえる。
隊列の先頭には、大名行列と同じで、隊列の周囲の人をかき分けるための先導役が付く。
そして高張提灯が2基、高さ3mの竹の先端に、屋号入りの大きな提灯。
次に続く一番鉦(すず)は、隊列の後方にいるさらしを巻いた男たちが持つ鉦の数倍の重さがある。
正直なところ、一番鉦ではなくとも、2時間近く規則通りに鉦を振るのはかなりきつい。
裃を来た役の次には二番鉦、祈願板、梵天、幣束、奉納酒、魚、野菜、餅と続き、
三番鉦、四番鉦と後に続く。
三番鉦までの役を頂けるには、早くても10数年かかるものだ。
第一、ここでは、10年以上のベテランでなければ、1人で衣装を身に付けることすらままならない。
整然と1列に並んだ隊列の後ろからは、高張提灯と、自分の前にいる男の頭しか見えない。
かろうじて三番鉦が振り上げられるところまでは見える。
この隊列が鉦を一斉に振るのは、一番鉦に従うものだが、
後ろの男たちは三番鉦だけが頼りとなる。
今年のどんと祭はとても人出が多く、10数年ぶりに国道48号線の鳥居付近での入場制限を見た。
並ぶ人たちの脇を、規則正しく鉦を振っていると、やはり他の裸参りとは違う一団が来たことはわかるようだ。
たくさんのストロボを浴び、写メールで撮られ、あるところでは盛大な拍手と声援で迎えられた。
本殿に供物を納め、御神酒をいただき、御神火へ。
腰に付けた大きな注連縄をほどき、火中へ投げ入れる。
御神火を3周、境内を後にする。
来年の今頃には、すでに天賞苑跡に造られている資料館が完成しているだろう。
ここが仙臺伝統裸参りの本拠となる見込みだ。
途絶えそうになったものを残した。
そして来年からは、その次の段階を保存会は迎える。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (2) | トラックバック
2007年01月13日
どんと祭の前の夜
初めて、13日に大崎八幡宮へ足を運ぶ。
近いということは知っていながら、スタジオからわずか徒歩10分で境内へ。

すでに正月飾りが山のように積み上げられ、前日ながらも次から次へと人が訪れる。
数年前からは、ビニール製品を投げ込まないよう注意が徹底されたせいか、
以前は数キロ離れたところからでも煙が見えたが、
最近ではかなり近付かなければ煙はわからなくなっている。
露店も大体準備が整っているのだろう。
100店を超えるだろう店先のうち、リンゴ飴屋だけが下ごしらえをしていた。
明日は晴れそう。
そして、去年のような冷たい雨もなさそう。
帰り道、小雪が舞っていたが、去年よりもずっとコンディションはよさそうだ。
明日は、裸参り100団体のうち、一番かっこいい隊列にご注目を。
御神火への点火は16時。
投稿者 こち : 18:16 | コメント (0) | トラックバック
2007年01月12日
1月14日
仙台の1月14日といえば、どんと祭。
そして、今年も仙臺伝統裸参り保存会として、裸参りに参加します。2回目。
→去年のエントリより
裸参りという守られるべき文化
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2006年12月28日
[es]買っちゃいました
ついに、なのか、ようやく、なのか、
WILLCOMのスマートフォン、W-ZERO3 [es]WS007SHを購入。
![[es]](http://www.hiyokosky.com/kochi/mat/es.jpg)
SoftBankからなかなか期待するレベルのスマートフォンが出ず、
私用電話にスマートフォンを導入するという苦渋の決断。
なんだかんだ言って、初めてWindowsマシンのオーナーに。
スタイラスペンへの依存度が高いインターフェイスのため、
サラサラっとメールを打ちたくても、もどかしい部分もある。
まぁ、デュアルキーボードもあるのだが、このままでは器用貧乏への道、まっしぐら。
来月予定のある小さな講師の仕事で、[es]からPowerPointでプレゼしてみるつもり。
それまでに、まずはOSに慣れないと…。
投稿者 こち : 23:01 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月18日
今年もあと2週間
ちょっと前にSTAEDTLERのカレンダー「Year Planner」を購入。
厚手のプラスチック製で、640mm*800mmに1年が収まっている。
ホワイトボードマーカーで書き込みができるというのが売り。

カレンダーは欧米仕様なので、「祝日シール」という赤丸●なシールが付いてきた。
マーカーを消した時に、このシールのエッジにマーカーの粉が残るんだろうな…。
せっかくマーカーで書き込みができるのであれば、
磁石がくっつくほうが便利じゃね?と思い、
ダンパネ(プラダン)にステンレスのシールを貼り、その上にYear Planner。
ステンレスには磁石がつかないと思い込んでいたが、
日ごろ見慣れたニッケルの配合率が高いステンレスだと磁性が小さく、
ニッケルを含有しないステンレスだとくっつくとのこと。
完成!したけど、どうやらこの3重構造、静電気が帯電しやすいらしく、
バチバチやられ、気分が落ちているので完成品の写真を撮る気力もなく…。
投稿者 こち : 01:40 | コメント (0) | トラックバック
2006年12月12日
ボトルメール
ボトルメールというサービスがある。
インターネット黎明期にはかなり話題になったサービスのようだが、僕は詳しくない。
瓶の中に手紙を詰めて、海にぽんっと投げて、遠いどこかの国の人に届くのを待つ、
あれと同じ仕組みである。
どこかに手紙が届いたり、どこからか手紙が流れ着いたり、それを待って楽しむメールアプリ。
現実世界のボトルメールは、「誰に手紙が届くのかな〜」とワクワクすることはあるだろうが、
波打ち際で「ボトル流れてこい!」と念じることはいないだろう。
そんなロマンチックな方法があったことすら、忘れてしまった現代。
おかしなことが起きた。
『友だち求める手紙が秋田県に漂着』(日刊スポーツ)
秋田海上保安部(秋田市)は11日、「お友だちになってください」と書かれた
手紙が入った瓶が秋田県男鹿市の海岸に漂着したと発表した。
なぜに海上保安部が発表すんのさ。
日刊スポーツによると、どうやら差出人は福井市の小学生姉妹。
拾ったのは秋田県男鹿市の大工56歳。
海岸を散歩していたら緑色のワインボトルを拾い、手紙が入っていたので、届けた、と。。。
う〜ん。
ちなみに、
手紙は同保安部が保管している。
だそうだ。
かわいそうに。
12月13日追記
13日付けの毎日新聞に続報あり。
拾った大工さんは、「秋田の同世代の子供に返事を書いてもらおう」との思いで
秋田海上保安部に届けたとのこと。
同保安部が窓口となって、秋田のお友達を探しているそうで。
投稿者 こち : 22:42 | コメント (0) | トラックバック
2006年11月27日
太陽パーキングがなくなった
仙台の建築キッズたちに愛された太陽パーキングがなくなった。
構造むき出しの機械式立体駐車場。
うなるような音を立てながら、大空の中に乗用車が浮き上がる姿は豪快だった。

在りし日の太陽パーキング〜野中神社境内より〜
跡地はマンションディベロッパエルカクエイの仙台進出第1号のマンションになる。
地元商業者にとっては、住宅地には決してならんぞ!という意気込み、
そして駐車場不足を何とか解消したい!との思いがある中で、
時代の流れは彼らの思いとはどんどん剥離していく。
太陽パーキングの一番町からの撤退が、サンモール地区の今を物語っている。
投稿者 こち : 22:53 | コメント (7) | トラックバック
2006年10月12日
続々々・スマートフォン戦争
SosfBankのスマートフォンX01HTの発売日が10月14日に決定。
同社が9月より導入しているスーパーボーナスでの加入に限定する他、
X01HT向けにデュアルパケット定額の料金が見直され、10,290円/月となるようだ。
実質、これに通話のプランを加えた金額となる。
こちネットでは初出、NTTDoCoMoのスマートフォンhTc Zと比べると割安になる、とのSoftbankの見解。
しかし、Yahoo!のサービスさえ満足に使うこともできないX01HTに
これだけの月額料金を支払う価値があるかどうか。
hTc Zもオンライン受付(関東圏の既ユーザが対象)が始まった。
投稿者 こち : 15:52 | コメント (0) | トラックバック
「Google Docs & Spreadsheets」ベータ版を使ってみた!
「Google Docs & Spreadsheets」ベータ版公開!
使ってみました。
→「Google Docs & Spreadsheets」のドキュメント公開実験
投稿者 こち : 13:44 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月03日
続々・スマートフォン戦争
SOFTBANKがスマートフォン「X01HT」を発表。
発売前だが、何か情報はないものかと、家電量販店Yカメラへ。
こち)「スマートフォンのカタログ、出てます?」
店員A)「え…、お待ちください」
(店員数名で会議)
店員B)「スマートフォンって、…、どんな…」
こち)「あ、10月半ばに出る端末ですけど、…、わからないならいいです」
売り子さんにとっては、所詮、新機種の1つに過ぎないのか???
番号ポータビリティも転入受付中だってのに、それで大丈夫なのか???
投稿者 こち : 23:17 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月30日
Google Maps API 学習中
う〜ん。思い通りにならない…。
とりあえず手元のMac環境だと、IEで見られないことは理解していましたが、
Safariでも見られないというのはちょっと意外。
ネスケでは見えています。
Win環境の方々、どう見えていますか?
投稿者 こち : 01:08 | コメント (1) | トラックバック
2006年09月23日
新シャッフル!どこにはさむ?

今作は気になっちゃいます、Apple iPod shuffle 1GB MA564J/A。
投稿者 こち : 01:29 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月16日
続・スマートフォン戦争
来ました。ソフトバンク。
9月14日付プレスリリースで、
「HTCとボーダフォン、スマートフォン開発・供給契約締結
~Microsoft R Windows MobileR搭載のHTC社製3Gスマートフォンを年内に発売予定~ 」
だそうです。
→cf.2006.8.28エントリスマートフォン戦争
投稿者 こち : 12:19 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月01日
防災ヘリ「みちのく号」
東北地方にたった1機しかない20人乗り防災ヘリみちのく号が
つのスタから徒歩2分の広瀬川牛越緑地運動広場に登場。

東北地方整備局に近い牛越緑地は(宿舎から徒歩1分)、
防災拠点として期待できるということで、昨年11月から臨時ヘリポートの機能を持った。
今回は、巨大なヘリを緑地に着陸させ、短時間で職員を搭乗させ、離陸する訓練。
数回、河原上空を旋回し、すっとなめるように、河川敷へ。
半径100mほどが立入制限となっていたが、さすがにそのはず。
ヘリポートで待機していた職員は、あまりの風圧で飛ばされそうになっていた。
河原の植物がすべてダウンバーストでなぎ倒されるような景色。
広場の幅の2/3もあろうかというでかいプロペラが秒速1回転ほどになったところで、
職員10数名が乗り込み、あっという間に、空へ。
今日は気仙沼に向かうとか。
投稿者 こち : 23:51 | コメント (0) | トラックバック
開腹手術!Mac mini
ついにこの時が来てしまいました。
Macは分解しちゃいかん!(素人には分解できないようなワナがたっぷり!)という鉄則を無視して、
iBook G3(Dual USB)で2回、iBook G4(14.1")で1回、HDDを増設した経験を活かし(?)、
今回はMac mini(Intel Core Duo 1.66GHz)のメモリ増設手術です!

本来、Macというものは、Apple Storeでカスタマイズしてから購入なんでしょうけども、
会社でAmazonのクーポンが余っていたので、Amazon.co.jpで購入したMac miniなのです。
結果、メモリは512MBのまま、事務所に到着。
長らく使っているiBookよりもRAMが小さいので、作業にならない日々が続き、
ついに決心、メモリ増設に踏み切りました。

今回使用のヘラは、今回の分解のために購入。
38mm幅、とても弾力のある塗装用金属ヘラ、430円也。
いくつかのサイトを参考に分解を始めましたが、これがベストツールのようです。
やってみると、かなりすんなりと、弁当箱のふたが取れました
(iBookよりもはるかに簡単。iBookを外した経験がなければ、恐くてできないかも)。

しかししかし、Mac miniがPPCベースからIntelベースに変わり、中身も様変わり。
基盤とドライブ類を留めているネジが3ヶ所から4ヶ所に変更。
そして、びよ〜んと、何かがネジの頭付近を邪魔している。
→後からBlueToothモジュールだということを知る(c.f.stud!o-K the blog)

やがて、ドライブ一式も外れ、メモリを発見。
256MBを2枚外して、1GB2枚と交換。

これで無事、2GBRAMのMac mini完成!かと思ったら、
先ほどの参考サイトに書いてあったことと同じミス(空冷ファンのコネクタ付け忘れ)を犯す。
ドライブを持ち上げた段階で不意に外れてしまうコネクタなので、
正直なところ、外したという自覚がなかった。とても危険ですね。
というわけで、道具さえそろっていれば、iBookよりもとてもラクチンな分解でした。
でも、もう2度とやりたくない(毎回言っているが)。
投稿者 こち : 00:24 | コメント (0) | トラックバック
2006年08月28日
スマートフォン戦争
この秋の番号ポータビリティに合わせて、携帯会社を替えるという人にまだ出会っていないが、
実はスマートフォン戦争のようなものが勃発するのではないか、と勝手に期待している。
スマートフォン自体、定義もあいまいだが、多機能携帯電話ということか。
webも見られ、PDAのような手帳としての役割も兼ねる、これらを基本として、
アプリの多様性がある、というあたりが妥当な定義。
DoCoMoではモトローラの、vodafoneもNOKIAのスマートフォンを何度か発売しているが、
「手元にキーボードがあれば、書類が書けるのに…」という経験を何度もしていると、
WILLCOMのW-ZERO3は、本気で買おうか悩んだほど、魅力的だ。

![]()
ケータイなんて、電話とメールができれば、っていう人が世の大半かもしれないが、
W-ZERO3を追いかける機種が近々出るだろう。
絶好のタイミングは、vodafoneがソフトバンクに変わる10月1日。
大して予想外でもないアクオス携帯でソフトバンクが終わるはずがない。
iPodケータイのウワサもあったが、iBookケータイくらいのぶっ飛んだものが出てほしい。
投稿者 こち : 14:35 | コメント (2) | トラックバック
2006年08月07日
バーコードで納税
東京都が発行した個人事業税納税通知書の一部に、
コンビニ納付時に誤った金額が表示されるバーコードが印刷されていた。
宮城県でも5月に、自動車税のバーコードが読み取れないトラブルがあった。
東京都の例も、宮城県の例も、
「読み取れない」「表示されている数字と違う金額で読み取られる」
と、コンビニのバイト君たちがチェック機能を果たした。
多くの自治体で、税金のコンビニ納付が始まっている中、
こういったミスプリントを防ぐには、すべての納税通知書を一旦バーコードリーダに通し…、
などという、馬鹿げた対策しかないのだろうか。
かつて(学生の頃)、某商社とバーコードとバーコードリーダを用いた
地域通貨を検討していたことがある。
結局、話は何となく流れてしまったが、
金額(通貨量)は読み取れても、そこに介在した人の心は読み取れないので、
実現まで至ることはなかっただろう。
6月末に、おかしな体験をした。
住民税を払おうと、個人でも会社でも取引きしたことのない信用金庫に立ち寄った。
とても空いていたからという理由だ。
1期分だけ払えばよいところ、初めて4期(1年)分払った。
控えとなる納税証明書の綴りを持って、家路に。
夕方、机の上の納税証明書を片付けようと、パラパラめくると、
なんと1期目にしか領収印がない。
残りのウン万円はどうなるんだよ!と、日も落ちかけた時間ながら、信用金庫に電話。
偶然か、必然か、その時の窓口担当者が電話口に出た。
「お宅にお伺いしようと思っていたんです!」
電話がつながった時、窓口の方だということがすぐにわかった。
先方も、同様にこちらのことがわかった。
なぜか。
昼時、お客の少ない窓口で、
「珍しい名字ですね。何とお読みするんですか?」
と、いくつか会話を交わしていたのだ。
形式的な窓口業務ではなく(もちろん、お客の名前を読むことも業務かもしれないが)、
会話が介在したことによって、「あの時のお客」という記憶が明確になる。
当然、信用金庫なので、出入りしたお金の量もチェック機能となる。
利便を追求すると、人為的なミスをチェックする機構が必要になる。
「銀行のソファで待つ」は不便かもしれないが、
これが「会話をすることが面倒くさいからバーコード」なんて発想にならないでほしい。
投稿者 こち : 23:25 | コメント (2) | トラックバック
いろは横丁が満60歳!

いろは横丁こと中央市場が、この8月10日で還暦・満60歳を迎えます!
ぱちぱち。
先日は組合員向けの集まりで、饅頭が振る舞われました。
戦後の闇市から始まり、
「葬式以外は何でもそろう」と言われた中央市場。
いろは横丁の愛称を持ってからはまだわずか数年ですが、
この先も元気な商人町であってほしいものです。
投稿者 こち : 11:07 | コメント (0) | トラックバック
2006年08月03日
古川まつり!
古川まつりへ!




真夏の日差しを浴びて、浴衣の中高生が町に集まっていた。
七夕飾りの竹は、すべて七夕村から。
車で通り過ぎてしまえば、味も素っ気もない町だが、
歩いても飽きないコンパクトさとコンテンツをもっている町。
飽きさせないように努力し始めている、というのが正しい。
お世話になっている四季彩通り商店街で、偶然にも高橋酒店さんに初めてお会いする。
知る人ぞ知る雪渡りの生みの親。
会員以外には手に入らないであろう、幻の酒(2年前の雪渡りは、秘かに飲んだけど…)。

今日は、『鳴子にゃんカップ』のお披露目だそうで、先行して少し分けていただいた
(実はほろ酔い気分で、こちネット更新中)。
にゃんカップのラベルは、版画家大野隆司氏によるかわいらしいネコ。
8月4日〜9月4日まで、JR陸羽東線・鳴子御殿湯駅構内で、
『ねこの苦消し』展も開かれているそうだ。
投稿者 こち : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2006年07月29日
拾戸(とおのへ)
岩手県北部から青森県東部にかけて、一戸(いちのへ)、二戸(にのへ)と、
「○戸」という地名が九戸まで続いていることは、東北人なら知っているだろう。
藤原氏時代、年貢を馬で納めさせ、その馬を管理する行政組織の区割りと言われている。
以前から、遠野は、拾戸(とおのへ)に由来するものという言い伝えがあった。
しかし、それを証明できる記録さえ残っていなかった。
この度、南部藩の子孫から『拾戸遠野村付之目録(とおのへとおのむらつきのもくろく)』の
模写本が遠野市に寄贈され、28日からの遠野城下町資料館で一般公開が始まったそうだ。
これが言い伝えを解き明かす最初の一歩になりそうだ。
史料がなくても、言い伝えによって、何百年もの時を超えることができるのは、
やはり遠野の民話の文化、語り部の伝統によるものだろうか。
まちづくりは、確かな記録を残すと同時に、
先代から耳で受け継がれていくことも大切なようだ。
投稿者 こち : 11:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月24日
Candle Night 2006 Summer!!
夏のキャンドルナイト、無事終わりました!

せんだいメディアテークのギャラリーを真っ暗にして、
チューブのあかりと、街あかりと、風船の炎で。
詳細は、後日、「キャンドルナイト+Little Park Avenue 小さい旅」のHPで。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月11日
山下り
ようやく、表参道ヒルズ by 安藤忠雄。

結果は、評判通りというか…。
「山下り」というレジャーがある。
登山は時として過酷なものだが、その過酷さゆえ、景色を見渡す余裕がなく、
下山する時にはへとへと。
山下りでは、とにかく登るだけ登って、山頂からがレジャーのスタート。
遠くの山並みを眺めてみたり、高山植物を愛でてみたり、
ゴールには楽しい下界が待つだけなので、景色が美しく見えるのだそうだ。
表参道ヒルズは、まさに山下り!だと期待して行ったのだが、そんなことはなかった。
1Fから入ると、まずは低い天井が気にかかる。
高さを街並みに揃えたことを差し引いても、だ。
上階の住居部分からは緑豊かな景色が眺められるそうだが、
この景色を共有するような内観を期待していたのが間違いだったか?
エントランス近くのエスカレータから3Fへ。
あとは、スパイラルなフロアをぐるぐると下る。
人間の心理から、逆ルートを選ぶ人は少ないだろう。
(ファッションビルだって、上から見るでしょ?)
ほとんどの人の流れが、やはり上から下へと、ぐるぐる下る。
2つの建築を思い出した。
1つは、昨年12月に見た香港のランガムプレイス。
ショッピングモールは、やはりスパイラル状の動線を持つ。
が、大きな吹き抜けや長いエスカレータ、視界が閉ざされる窮屈なスケールの吹き抜け、など
とてもリズミカルで、「この先はどうなってるんだろう」と期待しながら
ついつい登ってしまう「山登り」だ。
もう1つは、2002年の冬に見たニューヨークのグッゲンハイム美術館(F.L.ライト設計)。
スパイラル状の展示空間を持った現代美術館で、
「山登り」をしながら、吹き抜けの向こう側の半階ずれた展示物や観覧者の姿も楽しく見える。
表参道ヒルズは、どうか。
1つに、「この先はどうなってるんだろう」が全くない。
最初から、ゴールが見えている。
しかも、ゴールにたどり着くまでの経路は、単調な下り坂。
グッゲンハイムのような、吹き抜けの向こう側の景色が美しいわけでもなく、
本当の山下りのような解放感もない。
最新の『GA JAPAN』の「○と×」だったか、
「今回のプロジェクトは安藤さんで良かった」みたいな評が載っていたかと思うが、
その点は同意だ。
こんなにでかくて、トウキョウを象徴する建物を、
我が強い若手建築家に任せるなんて恐ろしい。
表参道側の路面店も、あれだけの長さを、暴力的にならないようにコントロールできているのは、
彼らしさでもあると思っている。
しかし、期待が大きかっただけに、という感想となってしまう。
彼の作品には、山下り型の建築はとても多いし、
原広司の作品にもそういったものは見られるので、
もうちょっと他の作品を見てから、もう一度訪れてみようか。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (2) | トラックバック
2006年05月28日
「デザインの解剖」展
「デザインとは、科学だ!」
と、仙台市科学館の館長のあいさつからはじまった、佐藤卓氏によるセミナー。
デザインがいかに科学的かということは、
デザインに向き合おうとしている学生にもわかる事実
(正確には、芸術とのすき間、橋渡しを、教員が伝えているのか)。
しかし、まだそれは、市井には伝わりきらない出来事でもある。
「デザインの解剖」の取組みは、商品を分節することを通じて、
材料・素材やコンセプトに立ち戻ったり、
表出してこなかった必然や努力が見えやすくなる、
結果、デザインが科学的な思考のもと、成立していることを確認する作業なんだと思う。
佐藤卓氏のこれまでの作品もさることながら、
僕は彼の話っぷりに興味を持った(職業病か?)。
事実を自分が語るのではなく、ここにいない誰かに語らせたり、
すべてを言わずとも言いたいことを先読みさせたり、
プレゼンテーション術という技術訓練だけではない巧妙さがあって、おもしろかった。

会場の仙台市科学館には、乳牛も登場。
投稿者 こち : 23:16 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月27日
仙台スケート

仙台が日本のフィギュアスケート発祥の地というのは知られた話だが、
旧制二高(東北大学)に教えに来ていた外国人教師によって伝えられ、
二高の学生たちがスケートに興じていたというのは、あまり知られていない。
南町通りは当時、ハイカラな街で、
もちろんスケート靴を扱う専門店もあったとか。
写真は、靴履き用のスケート。
大戦の頃の仙台の様子を写真でとらえているサイトがある。
知らない仙台が見えてくるかもしれない。
→Sendai-shi.com
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月18日
職人
![]()
和素材を生かした服飾やインテリアというのは長らく人気があるものだけど、
それらを「職人」という形容をもってまとめたショッピングモール。
ピンキリかもしれないが、ここからヒントを見つけてみては。
投稿者 こち : 10:03 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月11日
つのパーです
ひさしぶりにつのパーを開催いたします。
急きょの開催ですので、ご案内が十分に行き渡っていないこと、おわびいたします。
角五郎スタジオパーティー
■日時:2006年5月14日(日)12時〜エンドレス
■場所:角五郎スタジオ
■会費:1000円(ご家族でいらっしゃる方は2人目から500円/学生は500円+労働)
詳細はこちざわまでお尋ねください。
いろいろな方がごちゃまぜに出会うことを楽しみにしております!
投稿者 こち : 01:48 | コメント (1) | トラックバック
2006年05月01日
Thunderbird導入
仕事関係でいくつもメールアドレスを公開していると、
どうしても迷惑メールの魔の手にさらされてしまう。
Yahoo!メールに転送をかけてメールチェックしているのだが、
それも億劫になってしまうほどのスパム。
そこで数日前から、長らく使ったEntourageに見切りをつけ、Thunderbirdを導入。
これがとても賢いんだな。
さくさくと迷惑メールを振り分けてくれる。
マカーの皆さん、すぐに導入を。
→Thunderbird − 迷惑メールにお別れを(Mozilla Japan)
投稿者 こち : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月01日
エイプリルフールが始まってまだ2時間ですが
今年のナンバー1は、これになってしまうんだろうか。
→まぐまぐでしたよね、このページ。
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2006年03月25日
ダイバスター
惚れました。
サンダーバード+'70s〜'80sの香りがするアニメ+探偵ナイトスクープ。
仙台地方は2ヶ月遅れで放送されています。
→FNS地球特捜隊ダイバスター
あ、「台場」スターってことか。
投稿者 こち : 01:09 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月25日
まちづくり屋の師走
まちづくり屋にとっての師走は、3月。年度末。
様々なプロジェクトのまとめと、新年度の新しい取組みに向けての準備が行われる。
今年は、いろいろと変化を迎える春なので、
この「まとめ」と「準備」の数が恐ろしいくらい多い。
大きな「まとめ」が2つ、通常業務が1つ、
突然降ってきた大きな業務が1つ、「準備」が3つ、
これに、アーバンネットやら、大学の仕事やら、委員会やら。
そういえば、会社を立上げた2001年度末がこんな感じだった気がする。
今日は朝から、明日のワークショップの準備。
夕方から、『Little Park Avenue』の公開収録が行われる
クレプスキュールカフェ(せんだいメディアテーク)でワークショップのミーティング。
投稿者 こち : 23:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月14日
裸参りという守られるべき文化
穏やかな日中だった。
スタジオ北側の道路に冷たく張った氷も1ヶ月ぶりに溶け、
前の日までの裸参りの不安は吹き飛ばされていた。
どんと祭の1日の始まり。
14時53分、集合場所の八幡小学校体育館には7分早く着いたつもりだが、
たくさんの装備を運び込んだコアメンバーの手により、準備は始まっていた。
教えを請いながら、腰のしめ縄に3枚の御幣を取り付ける作業、
弓張提灯にロウソクを入れ、雨を想定してビニル袋をかける作業、
さらしをロール状に巻き直す作業、…。
報道陣も集まり始め、ミーティングが終わり、装束の合わせを行い、
酒を奉納する本来の裸参りのやり方に倣い、みそぎの水浴び(全裸)。
この頃には、すでに体育館の屋根を叩くほどの雨が降り出していた。
18時、仙臺伝統裸参り保存会がついに出発。
天賞の裸参りが絶え、その次の時代が動き始めた。
正直なところ、みそぎの水は冷たかったが、体は十分に拭いており、
体育館を出るまでは寒さの1つも感じなかった。
しかし体育館の軒下に吹き込む雨は冷たい。
さらしに白パンツ、しめ縄、はちまきを締め、白足袋に草履。
法被の先導に続き、2基の高張提灯、一番鉦(すず)、裃を着た2人、
二番鉦、祈願板、梵天、幣束、三番鉦、魚、野菜、餅、
その後に右手に鉦、左手に弓張提灯を持った裸参りが続く。
裸参りの鉦の鳴らし方は、とても整然としている。
天賞前。
一番鉦の合図で、全員が1回だけ鉦を鳴らした。
長年の天賞による裸参りの歴史の中でも、
酒造りに携わっている人たちの参加は年々減っていたそうだ。
しかし、1回だけ鳴らした鉦の音に、冷たい雨を忘れさせる何かを感じた。
報道によると3100人の裸参りの参加があったという。
その中で、唯一、48号線の大通りのセンターラインを歩くのが、我々の隊列。
我々の周りには写真を撮る人だかりがあり、
「かっこいい!」との声が無数に飛び交っているのがわかる。
何度も含み紙を交換してくれる法被を着た付き人の女の子が
びしょ濡れになっているのもわかる。
しかし、10数人前の四番鉦だけが自分の鉦の頼りであり、
雨の冷たさはやはり、どこか自分とは関係のない世界の出来事だった。
寒さに震え歩道を走り去る大学生たちの裸参り、
きゃっきゃと騒ぎながら帰る企業の裸参り、
今までそれが裸参りだと思っていたが、そうではないということは明らかだ。
大崎八幡宮の鳥居をくぐり、本殿へ。
本殿の軒からは、糸のように雨が落ちる。
祈祷を終え(裸参りは昇殿できない)、御神火のそばへ。
御神火に、腰のしめ縄を投じ、3周。
側道の坂道から大崎八幡宮を離れ、再び48号線。
規則正しく鉦を振る右腕はがくがくになり、提灯を持つ左手も凍えて言うことを利かない。
焼けるように熱かった御神火を離れたせいか、風の冷たさに震える。
天賞に鉦。
そして八幡小学校へ。
天賞と一般市民が裸参りをやっていた2年前までは、
すべて天賞におんぶに抱っこだったそうだ。
今回、提灯などいくつかの装備は天賞から借り受けた。
しかし、祈願板などは手作りだし、自分たちの手で文化を伝えることが動き始めた。
来年は、天賞の杜氏たちとともに裸参りをするのかもしれない。
もしかしたら酒造りの文化の一部を我々が伝えることになるのかもしれない。
伝えるべき大きなものを、また仙台に見つけた。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月12日
仙臺伝統裸参り保存会
大崎八幡宮の小正月の行事として有名な「どんと祭」。
毎年、多くの参拝客が正月飾りを燃やし、一方で裸参りによる参拝も盛んだ。
しかし、実は裸参りは小正月の行事ではない。
南部杜氏が酒造りの安全や成功を祈るために参拝したことにルーツがある。
天賞酒造が大崎八幡宮のある仙台八幡地区から移転し、
本来の形の裸参りが大崎八幡宮から消えたのが昨年のどんと祭。
そこで、立ち上がったのが「仙臺伝統裸参り保存会」。
30年近く前、天賞に関係するある人と、一般有志が意気投合し、
酒を奉納する本来のスタイルが両者共同で受継がれていた。
「仙臺伝統裸参り保存会」は、その一般有志が中心となり、
「水をかぶり体を清める」「隊列の間を横切らせない」など
古くからのしきたりを受継ぐべく立ち上がった。
で、ひょんなことから、保存会のメンバーになりました。
あさっては、裸参りです!
まちづくり屋を名乗りながら、初体験です!
→大崎八幡宮「どんと祭」 正統裸参り「保存会」結成(河北新報夕刊1面トップ記事/2006年1月5日)
投稿者 こち : 23:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月10日
地下鉄東西線シンポ
詳しいことが決まり次第、ちゃんと書きますが、
2月上旬に開催される地下鉄東西線シンポジウムに
パネラーとして登場します。
詳しくは、後日。
投稿者 こち : 00:42 | コメント (1) | トラックバック
2006年01月07日
日本橋と日本の価値観
日本橋まちづくりアイデアコンペが開催されたのは、2004年秋のこと。
以前から日本橋にかかる首都高は地下化すべき等、議論は行われてきたが、
アイデアとしてビジュアライズされたものが出そろったのがこのコンペだ。
石原東京都知事に続き、最近になって、小泉総理も日本橋周辺の景観に言及し始めた。
日本橋は、日本の象徴としての価値がある。多くの人が同調し始めた。
しかし、1月6日付の毎日新聞の記事はひどい。
要約すると、小泉総理の任期最後の「形に残るモニュメント」として
3000〜6500億円の工事をする、という書き方だ。
この金額で、開かずの踏切が100ヶ所程度解消される、との書き方もある。
利便を考えるだけが、公共の投資か?
都市が、日本が美しくなることに、政府は投資できないのか?
これが、今の日本の価値となってしまっている。
あまりにもひどい国になってしまった。
投稿者 こち : 01:10 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月13日
香港からただいま!
2005年12月9日〜13日の4泊5日、香港の旅。
国際会議出席が目的だったが、その旅で垣間見た街に関する話題のみピックアップ。

20051209
成田を飛び立った瞬間、富士山がそびえ立つ。とても天気が良い。
途中も三浦半島、知多半島、足摺岬などがはっきりと確認できる。
台湾上空。度肝を抜く景色を見た。
高さ508m、世界最高のビル台北101ビルが!!
慌ててシャッターを切るも、うまく撮れなかった。
言葉で伝えるなら、広げた大きな地図の上に、ペンのキャップが立ってる感じ!
香港国際空港に近づくと、窓の外を飛行機が飛び交う。
ロサンゼルス国際空港(LAX)での同時に何機も飛行機が飛び立つインパクトに近い。
さて、香港入国(?)
九龍半島・旺角(モンコック)の宿へ。

香港の五番街、ネイザン・ロードにも、竹の足場。
20051210
旺角の宿で、代金を払った払ってないでヒトモメするも、無事チェックアウト。

11月末にオープンしたばかりのAvenue of Stars。
香港の映画スターの手形、そしてブルース・リー像。
観光客は多いものの、闘いを挑んでくるブルース・リー像に立ち向かう人もおらず、
どこか奥ゆかしい東アジア人の街であることを感じる。
香港中心部のマーケットに潜入。
どうやらここはイスラム系の民族に支えられているらしい。
その中でも地元香港人の食卓になっている料理屋ゾーンへ。

しかし、お店のおばちゃんに英語が通じない…。
相席になった労働者も英語が駄目みたいだ。
いろいろやりとりしながら、ランチを注文。
周りを見渡すと、小綺麗なOLさんも立ち寄っている。
映画で見るような昭和の風景に、ケータイやらブランド品やらの現代を足した世界。
この日はたくさん街を歩いた。

軒先に吊るされる解体された牛や鶏、野菜や乾物が並ぶエリア、
電球やコードばかりのアキバのような地区、
やたらと外装材ばかり売っている建材ゾーン、
街が棲み分けをしながら、同業種が集積することで、街の魅力を高めている。
一方、九龍半島も進化中だ。
その中でも巨大ショッピングモールランガムプレイスが一際目立つ。

大小の不整形な吹き抜け周りに張り付いた若者向けショップ。
4階の広場から8階まで一気に昇るエスカレータ。
外に出れば雑多とした香港が広がるが、ここは日本の若者と同じような身なりの街。
20051211

これが百万ドルの夜景。ビクトリアピークから。
この日にちょっとだけお世話になった日本語を話せる現地ツアコンによると、
「今夜は霞がかって、85万ドルくらいしか見えないかも」と、香港ジョーク。
香港の夜景がきれいなのは、
ビクトリアピークからの景色が眼下に広がる香港島のビル群のスカイラインをなめ、
香港島の近景と、九龍半島の遠景と、その間の湾の構成が美しいからなのだろう。
ちなみに、ビクトリアピークに登るピークトラムは、最大傾斜40度。
立ち乗りの客は転げ落ちそうになり、座っていても首に相当なGがかかる。
20051212

毎日正午にビクトリア湾に向かって1発の大砲が撃たれる。
民間の会社が長らく伝統行事として行っているもの。
日本が占領していた時代を除き、毎日撃たれているというからすごい。
午砲の現場には、近くのホテルの地下道が近道。
どうやら、海水を引き上げているパイプラインらしい。
この日は香港島を歩きまくり、スターフェリーで九龍半島に帰る。
20051213
そして帰国へ。
ノーマン・フォスター設計の香港国際空港は、平面図を見ても、自分のいる場所がわからない。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (1) | トラックバック
2005年12月04日
上野建築見学会2005
毎年恒例の上野建築見学会。
今年はこんな感じ。
■東京国立博物館
いつも法隆寺宝物館(谷口吉生/1999)には立ち寄るが、
ちゃんと見たことがなかった2つの建物へ。
◆東洋館(谷口吉郎/1968)。

構成はシンプル。
フロア中央の柱から伸びた両腕に支えられる形でスキップフロアが構成され、
ぐるぐるっと回って3階までたどり着くことができる。
おそらく、展示内容の飽和や展示ケースの更新等に伴い、
フロアと吹き抜けによる豊かであるはずの空間が損なわれている。
消防法の影響を受けて、室の構成さえ変わったらしき場所さえある。
名建築が失われてゆく典型か。
◆本館(渡辺仁/1938)。

いわゆる帝冠様式。
1階、2階に全20室ある展示室は、ヨーロッパの博物館にも見られるサーキュレーション。
しかし、これも開館時とはライティング等、全く変わってしまった部分があるようだ。
注目すべきは、展示室間に残されたタイルによる装飾。
浮き出るような立体感が空間に映える。
■吉村順三建築展

芸大美術館での開催。
吉村の作品は美しい。
1つに、吉村が構成する空間が周辺に如何に溶け込むか、純粋に考えようとしている点。
1つに、人がどこに溜まるか、想像しながら構成している点。
結果として、それは視線を意識したり、森の大きさとの関係付けだったりする。
しかし、この展覧会には、それを意識させるプレゼンテーションになっていない。
その点が極めて残念で、また別の機会に吉村に触れなければ、
何か誤解したイメージを引きずってしまいそうになる。
そのくらい、展示の質は低いと思う。
模型はきれいだし、設計図書をパラパラめくることもできる。
そういう意味では、満足がいくが。
■hhstyle.com/casa(安藤忠雄/2005)

波板の黒い鋼板によって大きく構えた空間の中に、
三角形の断面を持ったRCの柱と梁が支えるフロア。
結果として、様々なインテリアアイテムを並べられる多様な室が用意された。
まぁ、言ってみれば流行りの空間構成かもしれないが、無難にまとまっている。
三角形の柱と梁は、安藤の存在証明でもあり、存在を消したいと思った結果でもあろう。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月29日
Apple Store Sendai Ichibancho
12月10日オープン。
一番町でしたか…。
Apple Store Sendai Ichibancho
投稿者 こち : 22:12 | コメント (2) | トラックバック
2005年11月20日
「住民の意見を聞く会」ワークショップ
仙台市公認のまちづくり支援専門家としてサポート中の
東六地区個性ある地域づくり計画策定事業。
初めての「住民の意見を聞く会」を開催。


まずは、計画策定委員会で導き出した東六地区の5つの目標(案)として掲げた項目について、
現在の満足度を確認するためのインタビューゲーム。
自分はどう思っているか、他の人はどう思っているかを、インタビュー形式で問う。
結果、200を超える「現在の東六地区」の姿を短時間で抽出。

地域問題が何であるか、地域資源を活用すると何ができるか、ディスカッション。
各グループに提示した地域資源は、全戸アンケートの結果に基づいたもの。
地域で活用できるものを積極的に活用することに、意識を向ける。

地域資源を活用した地域問題の解決策をたった1つだけ扱い、
より具体的にその解決策を掘り下げてみる。

そして発表。
「○○を○○するために○○します」というテンプレートに当てはめ、
いつ・どこで等を明示させたことで、回覧板のような情報ソースに至った。
200数十の地域問題のうち、
4グループでそれぞれ1つの問題を各グループに与えられた地域資源を用いて解決策を検討し、
さらにその解決策から1つだけを選び、より具体化する。
もとの200数十の地域問題についても同じ作業をしたり、
より多くの地域資源を導入することを検討したりすれば、
この枝葉は無数に広がる。
無限の枝葉のうち、ほんの断片を扱うことで、
街の中で何が起こっていて、どんなふうに解いていくべきか、
つまりは街に向き合うことを、この2時間の実験室でやってみた。
事業終了までのあと4ヶ月半で、実験室を飛び出したい。
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2005年11月18日
「静粛」と小学生のコンクリート
午前、東北大学図書館へ。
学部時代は感じなかったが、ここの図書館にはヨーロッパの図書館のような空気感がある。
格子梁の天井が軽やかな鉄筋コンクリートの大空間。
古びた机と新しいPC。
「館内では携帯電話の電源を切って静かにしてください」ではなく「静粛」と一言で書かれた注意書き。
母校が少し好きになった。
帰り道、小学2〜3年生とおぼしきランドセルを背負った6人の男の子。
基礎工事中の工事現場に身を乗り出して、
流し込まれるコンクリートと、平滑に仕上げる職人技に見入っていた。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月12日
あなたとふしぎなとしょかんで
閉館後の宮城野図書館に侵入。
この図書館で昨年始まった「夜の図書館で遊ぼ。」ワークショップ。
今年度の初回に参加。
・・・まぁ、無理やり割り込んだ感じですね、館長さん。
初回は、我らが武田こうじ氏のブックトーク&ポエトリーリーディング。
本人の口からは、そういう趣旨との説明はなかったものの、
彼がいつも言う「言葉を置いていく」感じがすごく伝わりやすかったイベントでした。
参加していた他の人たちには、本の間に挟まってたり、宙に飛び出した言葉が見えたかな〜?
まぁ、取材に来ていた某地方テレビ局K社には、
宙に浮いている言葉まで映せなかったでしょうが。
別の場所でも話題になっているのですが、
最近急激に在仙マスコミの質(品位,取材対象の理解の仕方)が低下しているようで、
何百回と取材を受けた身としては、ちょっと不安なこの頃です。
投稿者 こち : 23:38 | コメント (2) | トラックバック
2005年10月02日
先生vs戦士
9月23日のエントリでも書いたように、iBookのハードディスクが死亡。
人生3度目のiBook分解作業から今日までの、奮闘記。
[クランケ]
iBookG4 933MHz 14.1inch
[症状]
数日前からハードディスクが引っかかる感じ。
そろそろバックアップを、と思っていたWeb閲覧中に、突如フリーズ。
そのまま、起動できない状態に。
[対処]
(1)まずは、何が起きているか(原因がハードか否か)確認するため、
iBookを分解し、ハードディスク救出。
↑iBookは普通の人には分解できない構造なので、
iBook G4 14.1inch 業務用マニュアル(4.1MBのPDFファイル)を参考に。
iBook G3 DualUSBの分解経験が2回あったものの、構造が全く違い、ちょっと苦労。
(2)空になったiBookに、替えのディスクを入れ、OSから入れ直し。
取り出したハードディスクを外付けHDケースに移し、USB経由で読みに行くが、マウントできず。
(3)Norton先生を頼りに、Volume Recoverなどを試したところ、
4つに切っていたパーティションのうち、3つは認識。
しかしデータを主に格納していたパーティションがマウントできず。
原因がディレクトリのエラーであることまでは確認。
(4)相当いろいろ試したが(OS9で読む等)、何もうまくいかず、ついにDiskWarrior導入。
First AidやNorton先生では直せないエラーも直すと言われている究極のアプリ。
疑心暗鬼で試したところ、あっさりディレクトリを構築し直し、
パーティションがマウントされる。
(5)データの救出をし、無事終了。
結果、今まで信頼していた先生は、ウワサ通りヤブ医者で、
戦士に頼るべきなのかな、という結論に。
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2005年09月29日
ロジャースに見る次の建築
リチャード・ロジャース in SB05。

「世界のエネルギーの50%が、建築のために使われ、交通は25%にすぎない」
ロジャースは、今の世の中を社会学的に説明した。
散々言われ尽くされた社会構造の変化を説いたわけだが、
それをSB05で言わなければならなかったのは、まだ世界がそれに追いついていないということだろう。
ロジャースは自分の作品の設計コンセプトをいくつか語ったが、
「設備は更新が早いものだから、主たる構造の外側に配置する」
というところに共感した。
言われてみると、日本人がつくる建築は、
設備のための器があって、その器がサステイナブルではない結果、
設備更新ができない→建物ごとスクラップという運命をたどるんだな。
「機械室」「EVホール」なんてものは、もはやサステイナブルではないかもしれない。
新しい機能では「サーバ室」、建築系大学では「製図室」なんてのも、
より柔らかいものに変化しないと危うそうね。
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安藤に見る建築家の次の道
安藤忠雄 in SB05。

安藤は言った。「次の時代の子どもたちのためにできることは、教育しかない」
僕ら、建築家・都市デザイナーの卵は、
今の建築教育でよいのか、疑わなければならない。
安藤の作品は、コンクリートに塗り固められた構成術に見えるし、
大学の建築教育は、そこに終始する。
しかし、実際には、未来の子どもたちのことを考え、
木を植える、花を植えることを、安藤は行っている。
市民活動に片足を突っ込んだ建築家や都市デザイナーにとっては、
当たり前の話である。
しかし、それを、今の建築教育を受けている学生が、
当たり前のことと思えるか?
自分の問題だと思えるか?
それを当たり前だと思わせてくれる教員がいるか?
建築や都市がサステイナブルであるためには、
1人でも多くの卵が、市民活動領域の出来事と思っていた世界にすぐにでも足を突っ込み、
それを次世代に伝えていくことでしか、解決できないと思う。
安藤でさえ、教育に言及したのだから、
もはやこれが「ケンチク」の世界標準である。
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2005年09月28日
ジャイメ・レルネル
裏ゼミメンバーにはおなじみ、ジャイメ・レルネル氏が来日講演。

彼の功績については、右の書を参照されたし。
彼の発言は、都市デザイナーとして、地域の支える人間として、
非常にシンプルなものばかりだ。
「ルーチンな生活に使う交通手段は、公共交通でなければならない」
「まずは提案すること。それがみんなに受け入れられるものなら、すぐに実行すればよい」
それをやらないから、日本は、世界は、行き詰まっている。
ユーモアありのシンプルな英語スピーチに、会場の拍手は鳴り止まなかった。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
イサム・ノグチ展
東京都現代美術館イサムノグチ展を見る。
彼の初期の平面構成のドローイングや彫刻には、
「線」や「面」が用いられ、空間の創造をしようとしている意図が読み取れる。
この作業を真似ることは、空間のスタディをする上で、とてもよい訓練になるので、
デザイナーを志す者は、ぜひ見るべし。
やがて彼の作品には、大地を主題にした彫刻や、公園の構想が生まれ、
それと同時に、人間の愚かな破壊(戦争等)への批判が作品化される。
彼は長年温めた「大地を彫刻する夢」をモエレ沼公園という形で完成させたが、
結果、それも戦争と同じような破壊に見えてしまうことが残念だ。
…もちろん、彼が公園をつくる前のモエレ沼は、ごみの埋め立て地だったが、
それでもなお、破壊の上塗りに見えてしまう。
いずれにしても、彼の初期の作品、見る価値ありです。
ついでに、東京都現代美術館の常設展(MOTコレクション)、
横尾忠則の何枚かの絵に、かなり刺激されました。
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2005年09月27日
ド緊張!国際会議!
国際会議SB05に出席中。
ポスターセッションでの発表でしたが、やっぱり英語は使ってないとダメですね。。。

思っていたよりも、デカい国際会議でした。
口頭・ポスター併せて、発表者1700人!
初日早々のポスターセッション。
何を聞かれているかはわかるのに、思ったように伝えられないもどかしさ。
質問してくださった方々に申し訳ない。
投稿者 こち : 23:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年09月10日
まちなか再生フォーラム
行ってみた。
主催:東北都市学会+まちなか再生フォーラム実行委員会。
仙台エリアマーク事業協同組合や青葉区中央市民センターのバックアップあり。
基調講演は、山川充夫福島大学副学長による「協働によるまちづくりを目指して」。
大店立地法と中心市街地活性化の話に終始し、協働の話はあまり聞けず。
産学官連携にはやや言及していたが、これは協働と似て非なるもの。
地域づくりにおける産学官連携手法は、まだ世の中でも明確に提示されていない現状。
地方大学にとっては必死に取り組んでいる課題だから出してみた、という雰囲気?
パネルディスカッション。
学会の先生が司会を務め、山川氏を含め、5人が壇上へ。
まずはサンモール地区の現状報告(by大学院時代の先輩)。
中心商店街としての姿、周辺人口の動向の説明があったが、
小売と買い回りの行動が混在するエリアを、
「商店街」と「住宅地」に二分して説明されたような錯覚。
以下、5人による立場表明的な10ミニッツトーク。
気になった話題は、合衆国のBID(まちづくり会社/エリア)では
資金調達のために固定資産税(的なもの)を課す権利を持っていること。
質疑応答。
ちょっと、吹っかけてみた。
「(日本の中心市街地活性化の計画は自治体単位で策定するもので、
細やかな地区単位の対処ができないが、)
TMOに代わる形で、公共建築物の指定管理者制度のような制度を導入し、
(1)地区ごとに固有な問題に対処できる専門家を配備し、従来地域に投資している資金を財源とする
(2)指定管理者となるためには、専門性やコストパフォーマンス等で健全な競争が生まれる
ことが期待できないか?」
期待した回答をしたパネラーはゼロ。
こんな議論はどこの世の中でもなされていないはずなので、ここで問題整理。
(1)について、(a)地区の割り方(b)資金配分(c)インフラ整備までアウトソーシングするか等の問題。
(2)について、(d)専門家のパイが少なく、育成の必要性あり。
これらを解決するために、まずは地域の自浄能力を高めることが先決。
「○○は役所の仕事」という発想を切り捨て、自己の問題として関心を持たせる。
そして専門家が育成しやすい環境(大学等の高等教育環境)を整える。
このくらいのこと、壇上にいるんだから、誰か答えてくださいよ…。
懇親会にて。
とあるお偉いさんと話す。
「あいつら、きっと、指定管理者制度すら知らないよ」







